アレロク前提 ドロ→ロク




飲み屋の喧噪は、この人には似合わないと思う。
スーツを一部の隙もなく着こなし、尚かつソレが嫌味でない人は、こんな居酒屋などは似合わない。自分だって、さすがに吊しのスーツでは無いにせよ、まだまだ洗練された雰囲気というもとは離れている。どう考えても、この人が自分に会わせてくれたに違いない。
先程から隣で日本酒の入ったグラスを傾けている自分の上司、アレハンドロ・コナーを横目で見ながら、酒の肴をつまむ。塩味のきいたホタテの貝ヒモはとてもおいしいが、咀嚼する分だけお互いの間に沈黙が流れる。
座敷から職場の集まりと思われる男女の笑い声や、食器の音、すぐ隣のカウンターからは、氷の鳴る音が響いてくる。そんな中のカウンターに並んだ二人。

「君が、今日の誘いに乗ってくれるとは思ってもなかったよ」

「あなたこそ。秘書を置いてくるなんて予想外でしたよ」

前々からアレハンドロには食事に誘われていた。彼の秘書も同行するため、二人きりではないと言うことが分かってはいても、三回に二回は断るという形で凌いできた。
そしてその二回が済み、今日は同行の日。いつものように秘書と一緒だと思っていたが、何故か彼は一人で来た。俺は今、そのことに正直騙されたような気持ちでいる。
彼が自分に好意を持っていることはわかっていたし、彼はそれを隠そうとしなかったけれど、俺はちゃんと付き合っている相手がいることを伝えている。
そして相手もその人物を知っているというのに…。彼とて、伴侶のいる相手が男と二人で会うというのが相手の目にどう映るのかくらい解っているはずだ。
自分が付き合っている相手へ、何か後ろめたいことをしている様な気持がもやもやと腹の辺りに溜まり、目の前のビールを一気に煽り、カウンターにガラスを打ち付けて口元を拭う。そしてキッと上司である相手を睨みつけた。

「俺、付き合ってる人がいるって言わなかったですか」

「知っているよ。しかし、私と一緒に飲みに行く位の好意はあるのだろう?」

先程から良い調子で飲んでいるにもかかわらず、相手は全くの余裕の表情。
俺ばかりが焦って、酒の量を過ごしているように思う。

「それは3人だったからです。2人となると話は違う」

「私が君が好きだから、彼に後ろめたいのだね」

低く、良く通る声を発する喉の奥を鳴らし、彼が笑う。何もかもお見通しなその言葉に、頬に朱が散った。この人は今自分が何を感じているのかも、今まで何故食事を断ってきたのかも、全て知っているのだろう。知っていて、手のひらの中で右往左往する俺を眼下に据えて観察していたのだ。全く持って、腹立たしい。
それに第一、上司で、仕事も出来て、気遣いも出来て、気品もある、そんな完璧な人。
そんな人が、自分を好きでいると何故思う?

「貴方はすぐに飽きますよ。俺みたいな毛色の違ったのが珍しいだけだ」

「だから私に応えないと?」

「いいえ、俺はアレルヤが好きなだけです。まぁでも…、俺が靡くまで頑張ってみたらどうです?」

飲みに付き合うくらいの好意が成長するかはわかりませんがね。
そう付け加え、自分の食べた量ほどの料金を机の上に据え、コートと鞄を抱えて席を立つ。俺が店を出ることが解っていても、彼はただ酒を口に運ぶだけで決して引き留めることはない。それは彼がまだその頃合いではない事を知っているのと、それほど本気になっていない証拠。



店の喧噪を抜けると、外は無音と冷えた空気に満たされている。
大きく吸い込むと鼻のと喉の奥がキンと痛み、頬の高い場所が寒いにもかかわらず赤くなる。俺は慣れた動作で携帯へ番号を打ち込み、今一番声の聞きたい相手を呼び出す。

「アレルヤ…?今飲み会終わったとこ。」

おつかれさま、迎えにいこうか?と優しいアレルヤの声が耳朶をくすぐる。いつもなら、彼が迎えに来ると言っても自力で帰るんだけれど…

「…駅で待ってる」

ただ会いたかった。アレハンドロと会ったことを後ろめたく思っているから、という理由ではない。彼と自分は絶対にうまくいかない自信があるし、自分はアレルヤ以外の男など好きになることが出来ないと解っている。それでも、あの大人の洗練された雰囲気と余裕の表情、頃合いを弁えた振る舞いを見ると、どうしても思ってしまう。
…自分も、ああいう男が良いと、いつかそう思うんだろうかと。










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ロクロク

武力介入も一時休止、しかたなく自分に宛われた隠れ家で相棒のハロとただ時を過ごすのみ。休みが欲しいと思うことはあったが、こんな無意味な休みが欲しかった訳じゃない。
特に見たいものがあるわけではないにも関わらずテレビをつけ、ソレをソファに座り眺める。ニュースやバラエティ、ドラマといった、音が無制限に流れ出るその箱は今俺が一番欲しい情報をくれるわけではない。
トリニティって一体なんだ?どうしてユニオンやAEUにGNドライブが?
裏切り者は…一体誰なんだ??
知りたい、けれども知りたくない。そんな感情がぐるぐると渦巻き、ロックオンの心持ちを重くさせる。何も考えずにいられるほど、この休暇は短くなかった。

「…寝よう」

仕方なく最終手段をとる。やわらかなクッションをソファに置き、頭の位置を調整しながら横たわる。少し固いが、自分の足がはみ出ることのない長さのこのソファが好きだった。少し眠って、起きたら銃の手入れでもしよう。それが終わったら夕食をつくって…
とろとろと瞼が落ちてくる中、目が覚めた後のことを考える。
身体が寝る準備を完了し、手足に血がかよって暖かくなる頃
不意に、机の上に放置していた携帯が鳴り始めた。緊急用ではない着信音。
それでもいまこの待機状況では無視するわけにもいかず、眠気眼で手をのばし
相手を確認せずに通話ボタンを押した。

「…こちらロックオン・ストラトス……一体なんだぁ?」

眠ろうと思っていたせいか、声がいつもと違い少し掠れる。
電話を切ったらすぐに寝にはいるため、体勢は変えない。






「眠たそうだな、ニール。お昼寝の時間か?」


「-----っ」



受話器から聞こえてくる、自分と同質の声に、身体が震えた。
自分のことをニールと呼ぶのは、彼しか、いない。


「……何で…この番号を……」

眠気なんてとうに覚めた、今は冷や水を浴びせられた様な焦燥感に襲われ
意味もないのにソファから身体を起こすだけ。
彼がこの番号を知っているはずが、ない。
教えた事もなければ、ずっと会っていないのだから。

「俺が、ニールのことで知らない事があるとでも思うのか?」

笑いを含んだ声が耳をくすぐる。彼が今どんな顔をしているのか、そんなこと、目を閉じるだけでわかる。それほどに自分の身に染みついた存在。

「こっちに戻っているんだろう?出ておいで、久しぶりに二人で会おう」

場所はわかるな。と、有無を言わせぬ口調で電話は切られた。
何故自分がこっちへ来ていることがばれているのか、この番号はどうやって知ったのか。
そんなことが頭の中を巡る。
場所は…知っている。彼の好きだった色のジャケット、香水、そんなものまで覚えている。本当に行きたくなければ行かなければいいのに、自然と身体が動いて
身支度を整え始める。

背くことの出来ない、圧倒的な存在。
その存在を思うたびに、吐き気のするような嫌悪感と共に、相反するように湧き上がる感情がある。それは愛というには暗すぎて、憎しみというには深すぎる。
一度は逃げた筈だった。
それでも、あの声に命じられれば 自分は…

身体の細胞が一つ一つ満たされていくこの感覚は、征服される事への悦びだった。