19話直後くらい








ヨハンが、あの言葉を残して、刹那に銃を向けて。
頭の中はもうぐちゃぐちゃだった。
刹那は悪くないと言うことは、俺だってわかる。それに、わからないといけない。
俺はあいつよりも年上だし、今まで分別のあるフリをしてきた。
それでも、それでもやっぱり、すぐには割り切れない事だって、あるんだ。

















ないものねだり









刹那は待機用に作られた自室の中で、ただ一人ベットに座り目の前の壁を見詰めていた。
昼間刹那はロックオンに銃を向けられ、彼の過去を知り、自分の過去も、彼の知るところとなった。
今までティエリアに銃を向けられた時を除けば、この4人のマイスターはつかず離れずお互い上手くやっていたし
これからもその距離を保っていくモノだと思っていた。
一言で言えば…お互い自分のことは多く話さない仲だったのだ。
その中で出来上がった関係、ロックオンと刹那は、肉体関係があった。
恋愛感情とはまた違うのかもしれない。お互いの性処理の為、と言った方がしっくりくるように感じる。
ただ気持ちよければいい。そんな関係だった。
正直、好きという感情はわからなかったし、そんな面倒なモノは必要ないとさえ、思っていた。
なんとなく溜息をつく。吐き出した吐息は、静かな室内に妙に響き、目の前の無機質な壁に拒まれるように消えていく。
銃を向けられた時、ロックオンに撃たれて死ぬならば仕方がないと思った。
自分は彼の家族を殺した組織の一員で、同じ神の元戦っていたのだから。
自分に銃を向けたロックオンの目は、刺すような強さがあったが、時より光りを反射して潤んでいた。
紛れもない、敵意。その中に綯い交ぜになった、空虚。
彼の背に負われたもの全てが、まるで形になって見えている、そんな感じだった。


そしてつい先程、ロックオンが、今は音もないこの部屋に来た。
どこか表情が固く、いつもと違う雰囲気であることは、外でのあの一件がなくともわかるほどだった。
やはり自分を許せないと言われるのか、それとも根掘り葉掘り当時の事を聞かれるのか。
今と同じようにベットに腰を下ろしたまま、相手の出方を窺うように視線を向ける。
ロックオンはただ一歩への中へ踏み出したままで、そこから先へとは入ってこようとはせず
何か言葉を選んでいるかのように目を伏せたり、瞬きをしたり。
今まで自分はこんな表情をするロックオンを見たことはなく、この瞬間ベットを立っただけで
彼が一歩下がって部屋を出て行くのでは無いかと思うくらい 怯えに近いような雰囲気があった。



「あの…な、も、終わりにしないか」



何を、とは聞かなくてもわかった。



「お前が、嫌だとか…そんなじゃ、ない。でもお前が昔組織に…いや、違う、そうじゃないんだ…」



目を伏せてこちらを見ようとはしない。
自分の中でもイマイチ整理がついていないのか、時折頭を振り自分の言葉を否定する
24歳というには、あまりにも相応しくない姿。



「やっぱり…、非生産的な行為は…もう、やめにしよう。お前も女の子の方が…いいだろ」



何が?
どうしてそうなる?
気がついたらベットから立ち上がり、自分よりもはるかに背が高い相手の胸ぐらを掴んで壁に打ち付けていた
肩胛骨が壁に当たり鈍い音を立てる。
一瞬翡翠の瞳と目があったと思った瞬間、それは、やはり伏せられた。



「俺が組織にいたからだと、そう言えばいい。そんな男に身体を開くのは嫌だと、正直に言えばいいだろう!?」

「違うっ」

「何が違う!?非生産的な行為?そんなもの今更だ。アンタは、本心は言わずに最もらしい理由で隠そうとしてるだけだ!」

「------やめてくれっ!!」



壁に反響するほどの、大声。
はっとして手を離すと、ロックオンは力無くずるずると床へ腰を下ろし、己を守るかのように耳を、塞いだ。
今まで一度だって、ロックオンのこんな姿を、見たことがない。
そして、その姿をさせているのが、自分自身であるという事を、すっかりと失念していた。
再び戻ってくる静寂が、痛い。
胸ぐらを掴んでいた両手は行き場を無くし、意味もなく拳を握る。






「わかってる…頭ではちゃんと、わかってるんだ… お前が昔と、違うことも…

 それでも、俺は、俺には… 身体がついていかない…」


「ロックオ…」



「頼む刹那、俺に…時間をくれ」






くぐもって、押し殺された声。
顔を上げたロックオンは、言葉ではとても表せないほどに疲れて見えた。
己の中で、自分自身と葛藤を繰り広げている。
消え入りそうな声で、もう一度、同じ台詞を繰り返される。
今まで一度も俺に願い事を言ったことのない彼の、初めての願い。

辛くても決して泣けない彼の願いを、俺は、受け入れた。





















ついさっきまで、ロックオンが座っていた床、彼を打ち付けた壁。
そのどちらも、いつもと同じ顔をして刹那の前に姿を晒す。

明日会えば、きっとロックオンはいつもと同じように挨拶をして、同じように話すだろう。
全てを押し殺して、自分の中で解決しようと、また葛藤を繰り返して…
確実に今、この時、彼は弱っている。誰かが支えてやらなければならないと、そう感じる
それなのに、この自分の両の手は、彼の胸ぐらをつかめども、彼の身を抱きしめることは出来ない。






目を閉じる。
思い出すのは、いつもしつこいくらいに追いかけてくる姿と、眩しいほどの笑顔。







恋愛感情など、好きという感情など、必要ないとずっと思っていたのに。