※すんません、宇宙空間の事なんてわかりません!
 躰が浮く癖に、なぜかトイレで流水が使えるこの矛盾!!気にせず読んで下さいorz











帰り路の先、落日










躰が重い。
ロックオンは起床時間を告げるアラームの音を聞きながら一番にそう思った。
いつの間にか寝返りを打ち、俯せの状態になっていたのだが、宇宙にいるにもかかわらず地球よりも強い重力が四肢をベッドへと縫いつけているような感覚にとらわれる。
ぼんやりと開いた視界には熱をもって潤んでおり、微かに映る自分の髪は、乾かさずに寝たはずだがしっかりとはいかないまでも乾いていた。ただすこし、身に絡むシーツが冷たかった。
ゆっくりと身を起こすと躰の節々が痛み、昨晩の情交の激しさを物語る。よく見ると点々と躰に残された所有印が、太腿まで達している事に軽く羞恥を覚え誰に見られる訳でもないのだが赤らめた顔を片手で覆った。



痛む腰を庇い、立たない足を叱咤してシャワーを浴びた時は見て見ぬふりをした、床に散らばった己の衣服をかき集め洗濯機の中にぶち込む。新しい衣服をもたもたと身につける。ロックオンは、まさか見えるところに所有印を付けていないだろうなと不安に思っていたがそれは杞憂に終わり、首筋の開いた服を着ても特に支障はなかった。
正直言って、まだ眠い。
躰が重いのは寝不足だからに違いないと、少しだけ気付かぬふりをした。
服を着たは良いが、できればベッドにもう一度ダイブしてしまいたい。
そんな欲求を抱えながら、未練たらたらに部屋を後にした。



宇宙というものは、便利だ。
そう思うのは、地球のように自らの足で歩かなくとも床を蹴った少しの力で、惰性で進んでくれることだ。
しかもプトレマイオスの中は完全設備。自分で行動しなくとも、ある程度の場所までは廊下脇に付けられたガイドポールに掴まっていけば自動的に躰を運んでくれる。今のロックオンにはありがたいことこの上ない機能だ。これがもし地球でのミッション待機中ならば、何処にもいかずにベッドの中に沈んでいたに違いない。
しかしここではそうもいかない理由がある。
自由時間というものもあるが、宇宙にいるうちは訓練だ何だ、シュミレーションだ何だと忙しいのだ。しかもそれが時間事に割り振られているのだから、動かないわけにはいかない。最年長マイスターが寝坊、しかも体調不良とくれば、威厳も何もあったものではない。(既に無いことは本人も気が付いているが)
ガイドに導かれながら目的の場所に着く。小気味よい音を立てて開いたその部屋の中では、クルー達が思い思いの相手と食事を取ってる。そう、食堂だ。基本的に時間帯は決まっていないが、それぞれのスケジュール上暗黙の了解のように、起床時間から2時間の間に皆食事をすます。
いつもなら漂ってくる食事の香りに食欲をそそられるのだが、ここのところずっと食欲というものが薄れてきており、今日に至っては何故か胃の辺りがずんと重くなるような感じがする。思わず腹に手を当てさする。
踵を返し帰りたい衝動にかられたが、目の端に映ったガンダムマイスター達がこちらに気付き、その一人アレルヤが片手をあげ挨拶をしてきたので、足をそちらへ向けた。
ガンダムマイスター達は個性が強い。人との接触を良しとしない刹那に、相手へも妥協を許さないティエリア、押しが弱いが心優しいアレルヤ…。4人中二人がほぼ排他的思想をもつ。
せっかく選ばれた4人なのだから、少しくらい仲間意識をもって、仲良くして欲しいものだと思う。
「おはよう、ロックオン」
「あぁ、おはよアレルヤ。 ティエリアも、刹那もおはよう」
広い部屋に並べられた長方形の机。その壁側がいつもの定位置。
先に朝食をとっていたアレルヤの席に手をつき挨拶を交わすと、アレルヤの背後机一つ分空けた処に座っているティエリア、俺とアレルヤの座る机の隣の机に座る刹那へ声をかける。微妙に遠い距離。これでも出会った当初よりはだいぶ近くなった。最近では共に食卓を囲むことも少なくはない。
ロックオンの挨拶に対し、ティエリアは人並みな挨拶を返し、刹那は一瞥するだけで終わる。
昨晩床を共にしたとは思えないような冷めた態度。といっても、"昨日ナニをしてました"とハッキリわかるような態度をされても困るのだが。毎回の事なので特に気にもとめず、正直座ることを躊躇うがアレルヤの前の席に腰をおろした。座った先には、アレルヤが取ってきてくれていた朝食が置かれている。
ロックオンはアレルヤに礼を言うと、料理よりもドリンクに手を伸ばし中身を啜った。
程よく冷やされた水分が喉を通っていく気持ちよさに、自分が喉が渇いていた事を知る。
「ロックオンは今日は…?」
穏やかな物腰で問われ、昨日手渡された予定を頭の隅から引きずり出す。
「俺は射的訓練とシュミレート。確か明日がデュナメスの整備立ち会いだったかな」
「あぁ、じゃあ明日は僕と一緒ですね。」
今日はティエリアと刹那が整備立ち会いなんですよ、と続く言葉に刹那の座る席へと視線を巡らせる。
食事をしながらデータを見ている様だったが、おもむろに立ち上がると食べかけの朝食をそのままにトレイを返却する。その様子に思わずロックオンが声をかけた
「刹那、お前ちゃんと食べないとでかくなれないっていつも言ってるだろ」
「・・・・・」
「おい、聞いてるのか?」
放っておいたらジャンクフードばかりの刹那を咎めるのはロックオンの役目だ。地球に降りて別行動になれば、どうせジャンクフードばかり食べているのだろうが、せめて目の届く範囲ではきちんとした食事を…と口をすっぱくして何度も言っているにもかかわらず、これだ。
刹那はトレイを返却した後、ロックオンの声がする方へ向き一瞬動きをとめたものの、そのまま食堂から姿を消した。机に手を置き半立ちになっていたロックオンはその一連の動作に溜息をつくと、極力ゆっくり椅子に腰を下ろす。そして髪を掻き上げながら盛大な溜息をついた
「まったく…何度言ってもあれだ。いっくらエクシアの整備が嬉しいって言っても、早く行き過ぎだろ」
「会話無しでそこまで読み取れる貴方をすごいと思うよ」
フォークで野菜を刺しながらアレルヤが笑う。
「刹那はエクシアの事となるとすごいからな…。さっきだってそわそわしてただろ?」
「言われてみれば…。でも言われないと気付がないくらいだけどね」
野菜を口に含むアレルヤ。ロックオンは「そうか?」と呟き再びドリンクに手を伸ばす。
先程から飲み物にしか手を伸ばさない姿に、アレルヤがロックオンが刹那にいった言葉を揶揄して口を開いた。
「ちゃんと食べないと…って言う割には、貴方も食べていないと思いますけど」
「へ…」
「ここ最近、ずっとですよ。日に日に食欲、落ちてませんか?」
優しい声ながらも、確実に的を射た言葉に一瞬躰が止まる。
否定しようにも、確かに自分はドリンクにしか手を伸ばしていない。
「何か、原因でも?」
笑顔なのに、目が笑っていない。問いつめるように真っ直ぐにロックオンを射る。
アレルヤは、知っている。自分と刹那が、一体どんな関係にあるのか。さすがにその頻度までは知らないだろうが…。前に一度刹那がつめた所有印を見付けられ、しかも前日に刹那と俺が同室で、どこにも出歩かなかった事を知っていたアレルヤに、それとなく聞かれ…隠すにはあまりにも苦しい言い訳になるので、素直に述べたのだ。肉体関係がある、と。聡いアレルヤは誰にも口外しないと言ってくれた。
そのアレルヤが、今自分にこのような目を向けている。そこまで顕著に、自分に変化があるのだろうか。
例え、あったとしても。その原因は俺だ。
躰の硬直を解き、いつものように笑みを浮かべる。
「別に何も?最近同じメニューばっかだから、飽きてただけだよ」
曖昧に言い訳すると、正直あまり食べたくない朝食に手を伸ばす。久しぶりに食べたスクランブルエッグは、舌の上にいつまでも残って、すかすかの胃の中に降りていく感触が生々しかった。俺の言葉にアレルヤは少々不服そうだったが、食事を取り始めた姿に渋々「そうですか」と言ったきり、その話題は流れた。












・・・食うんじゃなかった。
ちょっとくらい不審に思われたって、なんとか誤魔化すべきだった。
というか…今日は部屋からでない方が良かったかも知れない。
閑散としたトレーニングルーム(といってもプトレマイオスの部屋はみんなそんなもんだけど)に俺と、別メニューをこなすアレルヤの二人。午前中のトレーニングメニューを全て消化しようかという時、ずっと続いていた躰の倦怠感がある一瞬ふっと和らいだ。病は気からというから、もしかして朝食をとって体力が回復したのか?と思った矢先。背筋がすっと冷め、胃の内容物がせり上がってきた。得も言われぬ不快感に前屈みになり、どっとわき出してきた脂汗が躰を覆う。条件反射的に自らの口元を手で押さえた。
連日の情交で弱った身体は、どうやら食事を受け付けなかったらしい。
「……っ…」
「…ックオン?どうしました?どこか具合でも…」
その様子に気付いたアレルヤが心配げに何かを言っていたが、残念ながらそれを聞き留める余裕はない。
あまりの急さに取り繕うことも出来ず、アレルヤがいるにも関わらずトレーニングルームを飛び出した。

吐くなんていつぶりだろう。
最後に吐いたのは…あれはスメラギさんに付き合って深酒した時だったか?

個室に入る余裕もなく、トイレに入ってすぐにある手洗い場に手をつくと水を流し、そこにぶちまけた。
生理現象に突き動かされ、吐く度に反動で躰が前傾し、流水が垂れた髪を濡らす。何度嘔吐しても吐き気は治まらず、胃の内容物がなくなってからは胃液を吐く。永遠に続くんじゃ無かろうかと思われる苦痛に、生理的な涙が浮かんだ。
胃液すらも出なくなり、胃がせり上がる感覚がなくなる頃には、もうすっかり体力が搾り取られていた。
口を濯いで口の中に残る胃液の苦みをとる。吐いている最中はうまく呼吸できていなかったのか、躰が酸素を求めて浅い呼吸を繰り返させた。先程まで感じていた倦怠感は明らかな重さとなり、体力を奪われた躰は洗面台をつたってずるずると床へ沈み、腰を落とした。閉じた目が熱く、瞼を焼くようだった。
「ロックオン!」
聞き慣れた声が響きそちらへ視線だけ送ると、開いたドアの向こうにアレルヤが立っていた。
後を追ってきたらしいそのアレルヤは、ロックオンの姿を目に留めるや否やその隣へと駆け寄った。
ぐったりとしたロックオンに少なからず戸惑うアレルヤ。先程のロックオンの素振りと、今のこの状況から見るにロックオンが吐いたことは容易に想像が付いた。床に膝をつきロックオンと同じ目線になる。そこからは常から白い彼の肌が、まるで紙のように色を無くしている様が見て取れた。聞きたいことは色々あったが、この状態のロックオンに答える気力も無いだろう。
「無理に、食べさせてしまったようですね」
伸ばされた手が濡れた前髪を分け、額に当てられる。ひんやりとしたその手の気持ちよさに、熱を持つ瞼を降ろした。呼吸が、まだ落ち着かない。
「…部屋へ行きましょう。立てますか?」
「一人で……いや、手を…貸してくれ」
問い掛けにうっすらと瞼を上げる。一人で大丈夫だと口にしようとした瞬間、アレルヤの整った眉が寄せられ、その顔は非難を現した。言わないだけで、言いたいことは山とあるんですよ。と言わんばかりの顔だ。
こんな情けない自分の姿を見られ、恥ずかしく思う。出来ればこれ以上恥はさらしたくないが、もう既に晒している状態だ。これ以上も以下もあるだろうか。実際問題、今の自分の躰の状態でここから部屋まで一人で行けるかと言ったら、不可能であろう。全く持って情けない話だが、俺はアレルヤに手を貸してくれるように頼んだ。
横に寄り添ったアレルヤの肩に手を回す。アレルヤは支えるためにロックオンの脇のから手を通しぐっと引き寄せると「立ちますよ」と声をかけ、躰を引き上げた。

ガイドに導かれながら部屋へ向かう。ゆっくりと流れていく見慣れた廊下。隣にはアレルヤ。
頭は重くなっていく一方だが、思考はまだ正常らしく。
今更ながら、この年下のマイスターに迷惑をかけていることが申し訳なくなってくる。
心優しい気質だから、誰がそうなっても同じ事をするんだろうが…。24歳の自分と16歳の刹那がやるんじゃあ意味が違ってくる。この年でやると、「仕方ないなぁ」ですまないものがある。
「…アレルヤ。…悪いな」
声をかけると、アレルヤがこちらへ向く気配。
「気にしないで下さい。それより…後で彼に連絡を入れておきますね」
彼?彼って…。
あぁ、刹那か。
名前を認識した瞬間、朝のそわそわした姿を思い出す。
今日は…エクシアの整備…だったよな。
「無駄だから、やめとけ。」
「無駄…?貴方の不調には刹那に責任があります。」
責任があっても、あいつが俺のことで心を乱すと思うのだろうか。
刹那が心を乱すとしたら…だとしたらそれは大きな一歩だ。俺と刹那の関係ではなく、刹那のコミュニケーション能力に於いてだが。しかし刹那がそれほど自分に執着しているかと言ったら、そうじゃない。
「あいつはエクシアが第一だから。…俺は二の次だと思うぜ」
もしかしたら二の次以下かもしれない。刹那のエクシアへの傾倒は凄まじいものがある。ホント、暇があればエクシアのドッグにいるのではないだろうか。その姿が微笑ましくもあるのだが。
俺の答えが不服だったのか、アレルヤが眉を寄せる。そしてしばらくの逡巡の後、言い辛そうに口を開いた。
「でも…僕が言うのも何ですが、付き合っているのでしょう?」
今まで直接的な事は何一つ聞いてこなかったアレルヤが控えめに、しかし責めるように告げる。
付き合う、という単語を聞いても何一つ突き動かされる感情がなかった。
ただ、"あぁ、そっか、アレルヤは誤解している。"そう思っただけだった。
付き合うと言うのは…、お互いが好き合っていて、しかもその合意の上で成り立つ言葉だ。
今の俺と刹那の関係は?…そんなものが成り立つはずもない。
今の関係は、お互いが何も言わず、これ以上の進展を求めない。少なくとも、俺から見て刹那はそれを願っている様に思えた。
ならば一体どの言葉がしっくりくるんだろうか。……セフレ?……それも違う。
どの言葉も、当てはまらないんじゃないか。
「俺たちは、付き合ってなんか無い。ただの…肉体関係だけだ」
自嘲気味な笑みを浮かべ答えた声は、がらんとしていて、内容が何一つこもっていなかった。
ただの事実、それだけが大きく響いただけだった。






自分の言葉が耳の中で木霊する
         今まで、飲み込んできた言葉の数だけ。