注)いろいろと無理があります。もうノリだけです。あんまつっこまないでください。
覚えているのは、目の前にフラッグが突っ込んできた所まで。 デュナメスごと地面にたたきつけられて、その衝撃に俺の身体は狭いコックピットの中でバンドした。一気にかかったG、硬質な操縦席に身体を強かに打ち付けた俺が最後に見たのは、ディスプレイ一杯に広がる、フラッグの手の平。 意識が遠くなる中、このままでは拿捕されるとわかっていてはいても、暗くなる視界を止めることは出来なかった。 刹那、アレルヤ、ティエリア…ごめん。 汝、愛を知る者よ うっすらと意識が浮上したのは、自然の流れで目が覚めたのとは少し違った。 どこからか聞こえてくる、くぐもった怒号。その声を拾った頭が覚醒を促したようだった。 白い部屋、白い天井、目に刺さるほどの光り。そこが自分を守るコックピットの中であるとは到底思えない景色。そして何より自分の身体から伸びる管や部屋に備え付けられた医療器具の数々。視線を横にずらせば、おそらく自分の命の動きと思われるものがディスプレイに定期的に同じ動きをする折れ線グラフのように、電子音と共に流されている。 身体に触れる質感からして、今自分が身にまとっているのは医療用と思しきワンピース だろう。着慣れたあのパイロットスーツにしてはサラサラとしていて、フィット感があまりにもなさすぎる。本来ならば目が覚めた時点で何かしらアクションを起こさなければならないのだろうが、動くにも両手両足を拘束されていてはどうしようもない。ご丁寧なことに寝返りも打てないほどのキツさだ。狙撃手の命とも言える両の手、動かそうとするたびに皮の拘束具がこすれて擦り傷が増えていく。思わず強かに舌打ちし、内心で決して人には聞かせられないような罵り言葉を吐き出した。 未だに聞こえ続ける怒号は、どうやら自分が寝ているこの部屋を観察するために設けられた大きなガラスの向こうから聞こえるらしい。大きく怒号が響くたびに、空気の振動がガラスを小さく揺らしている。ちょうどこのベッドと平行な壁に備え付けられたそれへと視線を移すと、ギリギリ見切れて見えないところにユニオンの制服と思しき裾がチラチラと見える。フラッグはユニオン所属だ。最後に見えたのはフラッグだったから、あのまま行けばやはり自分はユニオンに拿捕されたこととなる。 怒号を上げている人間がいるならば、それを浴びている人間もいるわけで…見切れた先には最低でも二人の人間がいるのが想像できる。そしてその見切れているユニオン制服の後ろに宥めるように立っている男が一人。観察している自分に気付いたのか、ゆっくりとした動作でこちらを向いた。はっとして目を瞑り何事もなかったかのように振る舞おうとも思ったが、既に腕を動かそうと藻掻いたせいで身にかけられたシーツには幾重もの皺が出来ており、誤魔化せる状態ではない。一瞬瞳がガラス越しに合う。 相手は驚いたように目を見張ったが、すぐに元に戻り、怒鳴り続けるもう一人の男に視線を移してから俺の見える範囲から消えた。 少しの間が開いて、独特の空気圧を下げるシュンッという音と共に室内に靴音が響く。どちらかというとペタペタと言った感じの音は、おそらく相手がスリッパの類を履いているからだろう。扉が開いてから閉まるまでの間だ、くぐもっていた怒号が明瞭な音となって耳に届いた。 揺れる空気、落ちる影。 ベッドの隣へと歩みを進めた相手へと億劫ながらも視線を送る。自分が目覚めたことが知れれば、尋問、拷問、自白剤の使用などが次々と行われるのだろう。もしかしたら、これが人間らしい会話が出来る最後かも知れない。必然的に自分より高い位置にある相手の顔を緩慢な仕草で見上げる。白衣を身につけ、ワイシャツを着用した姿から見るに、ユニオンで医療に携わる人間なのだろうか。…それにしては、頭の上で結わえられた髪は不必要なほどに長い。いや、どんな仕事をしていても邪魔になるとしか思えない髪形だ。 「目が覚めた?」 男の口から零れ出たのは、意外にも自分を気遣う言葉だった。眼鏡ごしの瞳が、すっと細められる。うさんくさいとも、優しげともとれる表情。人間がいかに人を騙す生き物かという事を知っている自分は、その姿だけで判断することはしないが、一応人らしく尋ねてくれたのだ。ここはきちんと返事をしておこうと口を開く。長く眠っていたのか喉がパサパサとしていて、思ったようには声が出なかった。 「…怒鳴声をあれだけ聞かされれば、嫌でも起きる」 「はは、それは失礼。でも彼も必死でね」 男はポニーテールを揺らして笑い声を上げると、ガラス越しにまだ怒鳴り声を上げている男を見遣った。つられて同じように視線を動かす。かなり一方的に怒鳴っているようで、相手方の声は一切聞こえない。 「俺をどうやって尋問するかの相談?どれとも殺すか殺さないかか?」 幾分か自嘲気味になってしまうのはいかしがたない。自分が捕虜である事実は変わらないのだから。白衣を着た相手へ「あんたは俺に何の薬を打つんだ?」と皮肉混じりに聞いてやると、相手は笑い声を上げ自分の白衣を指でつまみあげ 「僕は医療部じゃないよ。どちらかというと、君の相棒に手を出す方かな」 「メカニックなんだ。」と告げた。真実かどうか吝かではないが、ここで嘘をついたところで相手に得なことがあるわけで無し。それよりも"君の相棒"と呼ばれた愛らしいオレンジのAIと、愛機がさらされているであろう状態を思い気分が翳った。思わず目を伏せる。 「そんなことより…僕は君の今後の方が心配だけどね」 「俺は何も話さないからな」 苦笑混じりに続けられた言葉に固い意志を投げつける。例え薬を使われようとも、暴力に訴えられようとも、絶対に話してなるものか。なんなら今この時舌を噛みきって本気を示しても良いくらいだ。まぁ、これだけの医療器具が整えられていては、それをしたところで死ねるかどうかは怪しいが。 ロックオンの主張を聞いても尚、相手は苦笑をとめず、自らの腰に手を当てて溜息をつくと、まるで諦めろとでも言うような声で 「そうじゃないんだけど。きっとそれ以上に大変だと僕は思うよ」 「…一体何の…」 その先を尋ねようとした言葉は、扉を開ける圧縮音と、ハリのある声で強制的に遮られた。 「カタギリ!眠り姫が目覚めているなら教えてくれればいいものを!」 冗談めかした言葉と共に入ってきた相手は、声色からして先程から怒鳴っていた相手であることがわかる。ユニオンの制服を一部の隙もなく着込み、成人を過ぎているであろう風格ではあるが、その瞳はどこか少年のように輝いている。欧米出身の自分ですらあまり見かけないほどの、生粋のブロンドを讃えたその男は、カタギリと呼ばれたポニーテールの傍へと淀みのない足運びで並んだ。金髪とポニテ…一体なんの集まりなのだろうか。呆然と見上げる自分に気付いた金髪がどこか芝居がかった感じで「気分はどうだ、ソレスタルビーイングのガンダムマイスター」と尋ねる。体調は良いが気分は最悪だと、相手から視線を外して答えてやると相手は楽しそうに笑い声を上げた。 「…失礼。私はグラハム・エーカー。君を捕らえたフラッグの操縦者だ」 「……あんたが…」 律儀に笑ったことを謝るあたりは、真面目な人間なのだろうか。 しかし次いだ言葉に反らしていた視線を思わず相手へと戻してしまう。 自分を拿捕したフラッグファイター。一度は砂漠で戦った、あのフラッグファイターが今目の前にいるこの男だというのだ。この自分がビームサーベルで応戦しなければならないほど手こずった相手、そして自分をこの部屋へと導いた相手が…。怒りや憎しみなどは全く湧かなかった。確かに敵対心はあるのだが、それ以上にあの戦闘の高揚感を与えてくれた人間が機体越しでなく目の前にいるのが不思議だった。 「そんなに見詰められると照れるのだが?」 苦笑を浮かべ方を竦められ、さっと目を反らす。それと同時に今の自分の状況を思い出し、先程までの高揚感が冷たいシーツに吸い込まれていくように消えていく。相手は自分を拿捕した相手、これから自分に苦痛を与える相手なのだ。 「で?アンタが今から尋問か?」 「…似たようなものだ。」 急に真剣な顔になったグラハム・エーカー。先程まで笑っていた彼とは違い、厳格なイメージが強くなる。笑うと年齢が下がって見えるタイプなんだな、と場違いにもかかわらず思ってしまう。もとより、自分は何も話す気が無いのだから、何を聞かれても同じ事なのだが。 「さっきも言ったが、俺は何も話さない」 先程とは違う、少しキツメの声色で告げる。しかしグラハムは顔色一つ変えず、ただこちらを見ているだけだ。 「君は捕虜だ。自分の立場がわかっているか?」 「言われなくても。でも俺は、あんたらに話すことは何一つ無い」 「……そうか」 自分の心臓の動きを捕らえた電子音だけが、しばらく白い部屋に響く。グラハムも、カタギリと呼ばれた男も何も口にせず、ただ視線だけが絡まる。目をそらしたら負け、なんている犬の世界ではないが、どこかそう思わせる雰囲気がロックオンとグラハムの間に流れていた。やがて電子音だけの空間に響く、長い溜息。切り出された話題は、先が明るいとは言えないものだった。 「君には道が二つある。」 「話して死ぬか、話さずに死ぬか、の二つか」 どちらにせよ未来のない例を挙げると、グラハムは目を閉じて首を横に振る。 そして芯のある声で「違う」と短く告げた。 「ソレスタルビーイングの事を話すか、話さないかだ。」 「どうせ死が最終終着点だろ」 「それは人間誰しも同じ事だ。君には、話さないという選択肢もあるのだよ」 どこか諭すような声で、優しく目を細められる。 意味が、わからない。これは捕虜に対しての態度として妥当なのだろうか。 それとも、交渉の手段として自分を抱え込むつもりなのだろうか?…それならば、こういった申し出をする必要はない。混乱している自分の気持ちが、困惑の表情として表に出ていたのだろう、グラハムが困ったように眉を寄せた。 「話したくないのなら、話す気がないのなら、今ここで君の名前を教えてくれ」 そうすれば、我々は薬や尋問、拷問などという野蛮な手段は使わなくてよくなる。そう続けられ、ますます訳がわからなくなる。話す気はない、断じて無い。しかし、それに対しての代償が名前?本名を言うとでも思っているのだろうか、この男は。 何を考えているのかわからなさすぎて、「今から尋問をする」と言い放たれるよりも数倍怖い。真摯に見詰められる視線が痛くて、どこかばつが悪いので目をそらす。 頭の中は疑問符で一杯だし、正直何を考えているのか全くわからない。それでもこの見詰め地獄から抜け出せるのならと、どうせ偽名なので自分の素性が割れることも無いだろうと思いロックオン・ストラトスの名を、唇に乗せた。 それが、これから起こりうる大騒動の幕開けであると言うことにも気付かずに。 |